こういう時は俺に頼れと言っただろう!・前


 転入生歓迎カラオケ大会で、俺は確かに牙琉響也に一目惚れした。
俺のギターに乗せるのは、こいつの声しかねぇなんて、メルヘンな事も確かに思った。

 ああ、そうとも、全部俺が悪いんだ。

 バンド活動はいつの間にサークル活動として学校に認知されていて、ちゃっかりと部室まである。 部活動っぽく、朝練もいいんじゃねぇかと集まった部室の隅にどでかいトランクが鎮座しているのを見つけたメンバーの一人が、面白半分に騒ぎ立てる。
「誰だ、こんなの持って来た奴は?」
「合宿と間違えてんじゃねぇの?」
 からかい半分だったメンバーの会話は、部屋の角にある椅子に腰掛けていたガリュウの「僕のもの発言で」で途切れた。
 そうして何でもないように続いた言葉は、完全にメンバーの度肝を抜いた。

「兄貴が座敷牢でも作りそうな勢いだったんで家出してきた。」

「な、おま…?」
「バンドやめろって、そう言うんだ。」
 ぶすっとした表情の響也に、メンバーは心配そうに次々と声を掛ける。
 なんだかんだと言いながらも気のいい奴らだし、こいつの兄貴が中等部の牙琉先生である事を知っているから心配なのだ。逆らうと容赦のない先生なのは、全員経験済みだ。
「…でも、そうは言っても、なぁ、ガリュウ。」
「いいんだ。僕、もう部室にでも住むから。」
 こいつはこいつで完全に拗ねてしまっているから、謝って取り入ろうとか全く考えてないみたいだ。
 仲間達の視線が、どうすると一斉に大庵に向く。はぁと大きく溜息を付き、くしゃくしゃとリーゼントを乱した。
「ちょっと、こいつとふたりきりで話をさせてくれないか?」


「なぁ、ひょっとして、バンド活動。最初から反対されてたのか?」
 バツが悪そうに、視線を逸らしていた響也は渋々頷いてみせた。
何で言わなかった…なんどと問い詰めたところで素直に話す奴じゃあない。怒るのも、宥めるのも違う気がして、大庵は言葉を選ぼうとした。
「なぁ、ガリュウ…」
「部室に住むっていうのは嘘だよ。宛てもあるし、暫くはそこにでも転がり込むから」
「何処だそこ…いやそうじゃなくて…。」
「何だよ、僕は辞めないよ。歌うの好きなんだ」
「辞めるっつっても俺が許さない…じゃないんだよ。ガリュウ」
 背中から抱きしめて、ガリュウの言葉を封じる。
「こういう時は俺に頼れと言っただろう!」



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